『誰も知らない丹沢』

『誰も知らない丹沢』

2023年5月2日 オフ 投稿者:

皆さん、こんばんは。社団法人ランナー龍(たつ)です。

 

なんなんだ!?この本は!

 

著書『誰も知らない丹沢』作:岡澤重男

インパクトの強いタイトルも、紹介されるエリア、丹沢に対する憧れや馳せる思いなど、敢えておこがましいことを言わせてもらうと、

 

俺が書いた本か!

って突っ込みを入れたくなるほど、親近感のある本でした。

 

 

昨今の登山ブームで週末や祝日になると人でごった返す「丹沢」

しかし、そんな丹沢にも人が歩かない場所があるんです。

 

そこを、著者の岡澤氏は ”誰も知らない丹沢” と本書で称しており、そのエリアを歩いた軌跡を、行程や写真と共に山行記録として紹介している本になります。

不明瞭な道を疑心暗鬼の中歩く描写は、緊迫感があり、やはりベテランでも踏み後の無いルートや不明瞭な道(地図に無い道)は不安があるものなんだなと頷きながら読ませていただきました。

それから無事に下山し、一杯のビールを飲み干す。

この緊張から解放される安堵感こそ登山であり、日常と非日常が交差する独特の瞬間を味わう様子が垣間見れる。

コンビニのいなり寿司とビールがお決まりのセットなのも良いキャラ(笑)

 

本書の内容を詳細に書き記すわけにはいかないので、私が親近感を得た理由について簡単に述べたいと思います。

思い出深い西丹沢・・・

 

 

丹沢の人が歩かない場所と言えばどこでしょうか?

大山、塔ノ岳、丹沢山、蛭ヶ岳ではないことだけは確かですね。

 

丹沢で人が歩かない場所はいくつかありますが、本書では主に ”ニシタン” こと、西丹沢に一部北丹沢のエリアが含まれるマイナールート紹介がメインになります。

なので興味がない人にとっては、面白くないかもしれませんが、

私のような西丹沢が主戦場である登山者にとってはめちゃ刺さる本です(笑)

 

道志、西丹沢自然教室、畦ヶ丸、菰釣山、甲相国境尾根、湯船山山稜、不老山、世附峠、山市場、世附川源流域、世附権現山、二本杉峠、屏風岩山、地蔵平など。

この地点にピンとくる人は、本書を読んで面白いかも。

これらをチェックポイントとしながら点と線を結ぶようにルートを開拓していく記録となっています。

この地点はいずれも西丹沢大縦断のラインナップです。マイナーで確かに人も歩かないし遭難も起きているような場所です。それでも丹沢といったら僕もこのエリアなんですよね。私の登山もここが原点なので。浪漫あるわぁ。

 

そして、当ブログでも度々紹介する浅井紀子氏の著書『道しるべに会いに行く』

「西丹沢に伝説の美しい道標があった」でお馴染み、

不老山の稜線に点在する岩田澗泉さんの手作りの道標にも繋がります。

岩田さんの手作り看板も、本書で書かれており、想いが馳せられています。

 

そして ”誰も知らない丹沢” にはかつて人々が生活していたということ。

それが山のど真ん中にある「地蔵平」

調べるところによると元々戦国時代から自給自足で生活していた人が居たという地蔵平ですが、大正時代から昭和にかけてに山林事業の拠点としてそれなりの世帯数の住居があり又、学校も丹沢湖畔にある三保小学校の分校があったほどだ。

著者の岡澤氏は、高校生の頃、この分校の女の子に「運動会見にきて」と言われたり会話したことが今も記憶から消えることは無いと書かれていたことが印象的だった。

山林事業や炭焼き業が時代の流れと共に下火となり、この分校も昭和35年?には廃校となり、全ての人々が退去し、人は生活しなくなったという。

私からすれば、というか、地図を見る限り、ここで生活していたこと自体が驚きの他はない。さぞ不便だったことでしょう。

 

何かしらの生活の痕跡は残っているのだろうか・・?

地図には一切の表記が無いから気にもしなかった・・・。

線路の後が残っているらしい。私もいつか行ってみたいと思う。

 

 

以前、世附権現山を登った時、近くのルートを歩いたのですが、何故こんなところに道路(廃道)があるんだろうとめちゃ不思議に思いましたね。かつて人が住んでいたという事で納得。

そして

集落の写真を発見!!

出典:山の子YKさんホームページより

まだ昭和初期~中期の話なので調べると情報が出てきました。

とはいえ、貴重な集落の写真です。(大又の集落)

家は掘っ立て小屋で全て手作業、鍵という概念は無いので防犯は不可能だが、盗難が起きることは一切なかったという。にしても冬は寒かったでしょうね。

 

今の大又沢

大又沢ダム

ユーシンブルーが綺麗な秘境です。これが誰も知らない丹沢の姿です。

私が通過したときに撮影したものですが怖いくらい誰も来ないです。

 

 

当初、分校には40人もの生徒がいたこの場所も今は野原となり、

「誰も知らない丹沢」になってしまっているのだろう。

ちなみに、分校ではなく、本校である三保小学校も廃校になってしまいました。

山北の小学校、最後の卒業式 146年の歴史に幕

神奈川県山北町の観光地、丹沢湖のほとりにある児童10人の町立三保小学校で19日、最後の卒業生となる6年生1人の卒業式と、他学年の修了式があった。全児童が参加した卒業式では楽しい思い出を語り合い、未来へ続く一歩を歌い上げた。母校は21日の閉校式で146年の歴史を閉じ、町中心部の川村小学校に統合される。町は小学校1校、中学校1校になる。

引用:朝日新聞DIGITAL 2021年3月20日 11時00分記事より

小学校がどんどん消え、悲しいです。

 

誰も知らない丹沢を知るために、

行くしかないよね?ちょっと怖いけど。

この西丹沢は、かつて馬が炭焼き俵を運ぶためのルートが僅かな面影を残しているようです。地蔵平から駿河小山駅方面までを結ぶルートかと思います。

但し登山道ではなく ”廃道” であるため、通行不可の看板があったと記憶しています。行ってみたいけど安易には手を出せない。けど地蔵平は行こうと思います。

また本書でも、最初の注意書きに、登山道ではないので真似をされないか、自己責任でお願いしますとしっかり書かれています。

 

いかがでしたでしょうか、

丹沢の歴史に興味がある方、西丹沢を登られる方、廃道酷道マニアなど、一部の人にはワクワクする狭く深い本かと思います。

マニアックな本であるため、図書館にも置いておらず、Amazonでは売り切れ、出版社である風人社でも在庫切れの状態です。塔ノ岳の山小屋「尊仏山荘」には置いてありましたので読むことは出来ます。あとは中古を探すしかないかもしれません。

浪漫があって渋い本です。そして希少性の心理を掻き立てる本でもありました。

※希少性の心理=心理学の言葉で希少なものほど価値を感じてしまう心理

 

ではまた!

 

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