熊に9年間育てられ人間性を失った行方不明の少女の話は本当か。

熊に9年間育てられ人間性を失った行方不明の少女の話は本当か。

2026年1月5日 オフ 投稿者:

2023年2月頃、インターネット報道各社から「熊に9年間育てられ、人間性を失った…行方不明ののち発見された子どもが語った「人さらい熊」の真実」

と称した記事が大量に出回っており、どう考えてもフェイク或いは、事実を捻じ曲げたニュースであるとしか思えず、スルーしていました。

 

がしかし、よくよく考えると、これまで野生動物が自分よりも小さい場合は、例え人間の赤ちゃんや子供なども連れ去るという事例は沢山あり、

古くから羆を畏れる歴史の中で、1つの神話としてこのような文献や記事が出ているのではないかという自分の意見と共に、この内容について触れていきたいと思います。

熊にも慈しみの母性があるのだろうか。

 

 

9年間も少女が熊に育てられたのは本当か

記事引用元はこちらです。

少女は熊に育てられ、人間性をすっかり失っていた

昭和3年、オリンポス山で名高いウルダー山中で、生後間もない乳児が行方不明になった。大捜索を行ったが、子どもの行方は分からず、熊の餌食になったのだろうとあきらめていた。

9年後、猟師の一隊がとある森で一頭の大きな牝熊を発見し、射殺した。すると、熊の死体の陰から、真っ裸の少女が現れ、歯をむき出して猟師達に飛びかかった。

猟師たちはその子供をなんとか「生け捕り」にして村へ連れ帰ったが、この子供こそ9年前にウルダー山中で消息を絶った乳児だった。

この少女は9年もの間熊に育てられ、人間性をすっかり失っていた。子熊のように唸り声を発し、人間が近づくと爪を立て、歯をむいて飛びかかったという。

彼女はのちにイスタンブールの精神病院に収容され、熊から人間に生まれ変わる日を静かに待っている。(「北海タイムス」昭和12年7月29日「9年間熊と育つ 女ターザン出現 乳呑児時代にさらわれる」を要約)

引用:PRESIDENT online 事件・動物 2023/02/21 9:00記事より

にわかに信じがたい内容をノンフィクション作家の監修によって事実かのように述べられており、興味のない人からすれば「へぇ、そういうこともあるんだな」程度に、信じてしまいそうなものだ。

 

AIで検索を試してみると、科学的な報告や信頼できる記録の中では確認がされていないと記載されていたり、一方では熊が子供をさらって自分の子のように育てようとする事件が報告されたり、人間を襲うだけでなく慈しむ対象として認識するケースも稀ながら存在すると記載されるケースがあって、9年間熊が育てたことに関わる真否が確認できなかった。AIに聴いてみたところで所詮、信ぴょう性は低い。

上記の記事を自分なりに解釈するのであれば、昭和3年という時代背景から、信ぴょう性の証明は難しいという前提で推理するが、オリンポス山はギリシャの山で、つまり現地での神話(いわばギリシャ神話)が事実のように日本に伝えられ、記録された。・・と考える方が脈がありそうだ。

熊に育てられたギリシャ神話自体は実際に存在するものの、そもそもがおとぎ話なので、実話と混同してしまったのでは? ということです。

したがって、私は9年間熊が少女を育てたことは、実話では無いと判断します。

ちなみにギリシャのオリンポス山には少数のヒグマが生息していると言われています。

 

熊が人をさらって、1晩くらい熊と一緒に過ごして、襲われないまま、人に発見され救助されたケースなら、大正時代の記録にもあるらしく、可能性としては信じられますが、9年間もというのは流石に無理があると思うのです。

一夜過ごしたケースは次の通り。

80年間の新聞に散見される「不可解な事件」

たとえば大正13年9月2日の「小樽新聞」に、「巨熊の傍に一夜を明かす」という不思議な事件が報じられている。

雨竜郡幌加内村二十四線の農業、山田藤太郎の娘ミツ(3歳)が、母親が洗濯に出た留守中、行方不明となった。八方手分けして付近の山中を探したが、夜になっても手がかりがなく、クマのためにさらわれたものと諦めていた。

ところが翌日の午後3時頃、同村の大塚某が山林を通行中に、不思議にも子どもの泣き声を耳にしたので、草むらの中を百間ほど分け進むと、「顔面虫にさされて血にまみれ虫の息となっているミツ」を発見。さらにその二間(約3.6メートル)先に巨熊がうずくまっているのを見つけて仰天し、ミツを抱えて一目散に逃げ出した。ヒグマもその剣幕に驚いたのか、山中深く逃げ込んでしまった。幌加内村では当時、夜な夜な巨熊が出没して作物を荒らしていたという。

引用:PRESIDENT online 事件・動物 2025/11/20 7:00記事より

 

当然、クマに襲われたり攫われたりして助からなかったケースの方が圧倒的に多いだろうが、このように救出されたケース、まるで熊が保護していたかのように思えるケースも稀に存在する。この記事は不正確かもしれないが、事実の可能性がある。

当時は現在よりも「信仰」が崇められていた時代。人目にさらす機会が少なく生態が不明確な熊は、謎めいた存在から人々に恐れられていた。実際に北海道開拓時代はたくさんの獣害があっただろう。

しかし、ヒグマの被害に関しては、昭和37年から記録が取られるようになり、それ以前は全ての事故記録が残っていないため、具体的にどのくらいの被害があったのか、人数も含めて正確に調べる術はない。

幕末、明治、大正時代までの出来事は、歴史の教科書と同じで、事実と違う内容が史実になっていたりする。或いは事実が大きく歪曲しているとか。

当時暗記して覚えた1192年鎌倉幕府(いいくにつくろう鎌倉幕府)も既に変更になっている(今は1185年)

この年号は、嘘というよりは解釈の問題だと思うが、野生動物がらみの昔話は、伝説として語られがちだから、例えば行方不明の人を発見した場合、本当は亡くなっていたのに、奇跡的に生きていた。など神話のように記録されていそうである。

 

まあ、完全に私の独断と偏見にも程がある解説でしたが、現実的に見て、到底信じられる話では無いと言う事です。

人間界で、人が羆を飼育しながら一緒に生活するというのはあるようですが(時々凄惨な事故を引き起こす)逆に、野生界でヒグマが人間の赤ちゃんを育てると言うのは、同じ意味でも環境が異なり過ぎます。

 

やっぱり羆は無理すぎる。この体勢で向き合っただけで絶望です。

 

 

これまでに野生動物が人間をさらった記録

日本を含め、世界的に事例は存在する。特にアフリカのウガンダでは人さらいによる獣害が散見される。

クマ以外の動物で、人間を連れ去った動物は、

チンパンジー、ライオン、オオカミ、野犬、ハゲタカ(ハゲタカは攫うのではなく、死ぬのを待ってからエサとして連れ去る習性)、ヒョウ、イヌワシ、トラ、などなど。これらは主に本能的あるいはエサとして認識して連れ去るケースがほとんど。

 

ところかわって、

一時的に人間を育てた(共存)とする事例 ※注意:真実かは不明

コロンビアのマリーナ・チャップマンは幼少期の大半をオマキザルの群れと暮らしていたという。

サハラ砂漠で迷子になったシディ・モハメドはダチョウの親鳥と仲良くなり、ひな鳥と一緒に面倒を見てもらい、危険や飢餓を免れた。

チリ南部の洞くつで10歳のアレックスは野犬と一緒に暮らしており、ゴミ箱の残飯などで飢えを凌いでいた。彼は犬のように激しく吠えていたが、初歩的なスペイン語が話せたのと、人間であることの自覚はあったようだ。

消息不明のロシアの少年ライカ。2007年にロシア警察が森の中で葉でできた巣の中でくるまって寝ている少年を保護した。彼はオオカミのような仕草をし、鋭い歯を備えていて、爪は鉤爪のようになっていた。また言語を話すことはできなかった。その後警備員を振り払い逃げ出し、現在に至ってもその消息は不明だという。

ウクライナの犬少女、オクサナマラヤ。育児放棄の最中、彼女は3歳から6年間犬小屋で生活した。しかも人間とかかわることなく。その結果彼女は言葉を発することは出来ず、うなって吠え、食べ物は先に臭いをかぎ、寝る時は犬のようにうずくまった。その後精神障害者の施設に保護され、そこでの訓練が功を奏して人間性を取り戻していったという。現在は、精神障害者として乳牛の世話をする仕事に就いている。

事実だとしても一部真実が捻じ曲げられている可能性はあるかもしれない。だが、一時的に野生動物と深くかかわって過ごした事例が他にもあることから、野生動物が小さな人間の子供に仲間意識や慈悲の心が芽生えるケースもあるのだろう。

人間の生活圏内の事例では命の危険性は小さいが、深い山や森林の中で生き永らえるのは非常に困難であることは変わらない。

 

熊や野生動物も様々な性格をもった個体がいるので、人間と共存できるケースを完全に否定することはできないのだなと思い至りました。

ただ、それとは逆に著しく攻撃的でサイコパスな個体もいるであろうから、2026年は2025年の教訓をもとに、獣害が多く発生しないことを祈りたいです。

ではまた。